今年、創立69周年を迎えた健育会グループ。70周年を見据えて、これまでの健育会の歩みを振り返り、理事長としての想いをお話しします。
健育会グループが歩みを始めたのは、1953年。初代理事長である父、竹川不二男が東京都板橋区に開業した竹川病院からスタートしました。当時は戦後10年にも満たない頃で、医療保険制度も整備されていない状況にもかかわらず、毎日多くの患者さんが診療所を訪れました。
なかには治療費を払えずに自分で育てた野菜を持ってくる患者さんもいましたが、父は「目の前の患者さんを救う」という強い信念で診療所を続けました。そうした父の姿を小さい頃から目の当たりにして育った私の中には、いまも父の信念が強く根付いています。
一方で、私が医師になる頃には医療が大きな転換期を迎えます。父の時代は聴診器1本で患者さんと向き合い、医師の勘と経験をもとに病気の診断や治療を行なっていました。しかし私の時代には、Evidence-Based Medicine(科学根拠に基づいた医療)に移行し、レントゲンと心電図しかなかった医療機器にはCTやエコーが登場。全身を簡単に輪切りで見られるまでになりました。
そうした中で、私自身は大学病院に勤務しながら教授陣から論理的思考を学びます。思い込みを捨て、科学的根拠に基づいてあらゆる可能性を探りながら患者さんを診断することの重要性を叩き込まれました。こうした考え方は、現在の私の経営の考え方のベースにもなっています。