しかし一方で、「人間の尊厳」は常に平等に扱うことができます。子どもであっても、高齢者であっても、あるいは障害があったとしても、すべての人にそれぞれの尊厳があります。
健育会グループは長年、患者さんやご利用者の尊厳を尊重し、その人らしく過ごしていただくための環境を提供してきました。このあり方は医療人の使命だと考えています。
健育会グループが掲げる「人間の尊厳は皆、平等である」という理念は、すでに多くの職員の心に深く浸透しています。
「口から食べる、尿意・便意を自覚する、立位・歩行ができる」。患者さんやご利用者が、これらの行為を自立して行えなくなってしまったとしても、私たちは全力で向き合い、以前の姿を取り戻すことができるようなサポートを行っています。
いかに症状が重かったとしても、その患者さんの生き方や尊厳を尊重し、その人らしい生活へと導く。
皆さんも、患者さんが100人いれば100通りの方法でその方の尊厳を敬い、常に平等に接するよう心がけてください。
健育会グループには、他の病院や施設とは異なる独自の考えや方針があります。皆さんが仕事に慣れた半年後、健育会グループが何を考え、どこを目指し、どのような組織であるのか、改めて私から直接お話しをさせていただく予定です。
本日お伝えしたことをしっかりと受け止め、半年後に医療人として立派に成長した皆さんと再びお会いできるのを、心から楽しみにしています。
その後、プロスキーヤーの井山敬介さんより、これから医療のプロフェッショナルを目指す皆さんへ向けて、本物のプロならではの格言や、困難な場面に直面したときの振る舞いについてお話ししていただきました。
私はかつて、アルペンスキー選手として活躍し、高校時代にはナショナルチームに所属してワールドカップへ出場した経験があります。
アルペンスキーの道を極めようとする中、二十歳のときに原因不明の病に罹り、その影響で日本代表の道を断念し、競技選から離れることとなりました。
以降、働きながら技術選での活動を目指す方針に定めましたが、当時は就職氷河期まっただ中の時代。理想とする企業に就職することもできず、厳しい経済状況の中で日々を過ごしました。
資金面の問題でトレーニングジムに通うこともままならず、仕事が終われば近くの公園でトレーニングをし、河原で拾った大きな石をダンベル代わりにして筋トレをするような毎日を送っていました。
病に侵され、職探しにも苦しみ、まともなトレーニング環境にも恵まれない。世の中は理不尽なことばかりだと感じましたが、私は決して諦めませんでした。
次第に、真摯にスキーへ打ち込む私の姿を見てくださった方々が、スポンサーとして支援をしてくださるようになりました。
それからも決して諦めずに挑戦を続けた結果、全日本スキー連盟が主催する、総合的な滑走技術を競う「全日本スキー技術選手権大会」で、幾度も優勝を果たしました。
努力をしている人に対して、手を差し伸べてくれる人はたくさんいます。しかし、その手をしっかりと掴み取るためには、自分の力で茨の道を切り開いていかなくてはなりません。

