Vol.321 2024年度健育会グループ新入職員中途研修を実施しました

そうして日々邁進していく中、国が公立病院の民営化を唐突に推奨し始めました。
公立病院に補助金を出さない、と前触れもなく打ち出したのです。
この急激な政策を受け、公立病院の医療は崩壊しました。
私がいずれ訪れる、と危惧していたことがまさに起こった瞬間でした。
政府は病院の民営化を推進してはいるものの、民間医療の効率化はまだまだ浸透していません。
健育会グループは皆さんのベースアップを行っていますが、一般の民間医療はベースアップを行う余裕すらありません。しかし国立病院は国家公務員だからという理由で簡単にベースアップされています。
医療の民営化を推奨しながら、国家公務員にばかり税金をむやみに流し込んでいる現状を見て、私は国の医療が崩壊するのではないかと、ひしひし感じています。
国の医療が崩壊してしまった時、一番被害を被るのは弱い立場の人々です。患者さんや介護を必要としている方々が蔑ろにされてしまうのです。弱い立場の方々が悲しい目に遭うような国になどなってほしくはありません。日本に生まれて幸せだった、と思える国であってほしいと、私は強く願っています。

次に、公立の医療と、民間の医療とでは何が違うのか、具体的な例を上げながら説明していきたいと思います。
今から13年前、東日本大震災で石巻港湾病院が津波被害を受けました。
海沿いに近い病院でしたので、地震が発生する以前から、氾濫したケースを想定した訓練をいつも行っていました。しかしその想定以上の津波が襲ってきたのです。
悲しいことに、訪問看護に出ていた職員と、病院のことを心配して自宅から駆けつけようとした職員の方3名が津波に巻き込まれて亡くなってしまいました。しかし、病院の中にいた患者さん、職員は誰一人として被害に遭いませんでした。

直接的な被害は被らなかったものの、市は食料を分けることすらまともに行ってくれませんでした。
3月の極寒の中、職員たちは自分たちが着ている服を患者さんにかけて励ましました。
電気も水もない、ライフラインが断絶した状況の中で一日一日を過ごすうちに職員は「このまま患者さんと私たちは凍死するのではないか」と思ったそうです。
その後、道路事情が落ち着き、本部から救援に向かった部隊と連絡が取れ、最低限の資材物資を届けることができました。
もうダメだと諦めかけていた職員たちは「本部が助けてくれる」という希望をもとに患者さんの診療にあたりました。

それから石巻港湾病院は瞬く間に復旧を致します。ガスが開通していない状態の中、全ての器具を電化に変えるなど機転を利かせ、ネットワークを通じ、グループ全体でサポートを行いながら立ち回り、わずか半年で元通りの医療状態に戻すことができたのです。
しかし、震災を目の当たりにした患者さんやご家族には、大きなトラウマが生まれました。
海沿いに近い病院で過ごしていれば、再び津波に巻き込まれるのではないか、という恐怖が芽生えたのです。
そこで健育会グループは、患者さんやご家族の心配をなくすために、早急に高台に位置する場所へ現在の石巻健育会病院を作りました。