最新レポート
2009年 オーストリア ウィーン視察
- オーストリアで30箇所の介護施設を運営している会社の施設を訪問した。
- オーストリアにおいても、終末期の患者さんには点滴も胃瘻もしていない。「医師によっては、胃瘻や点滴をする医師もいますよね?」と聞くと「そのような医師は採用しない」とはっきりと言われた。
2011年 オランダ視察
- 介護施設に訪問した。施設に入る入居者には、静脈注射や点滴は一切行わないということだった。抗生剤は必要な場合は内服のみ行う。ここでも、ほぼ全員がこの施設で亡くなっているということだった。
- 入所者全員から、日本でいう事前指示書を取っているということだったが、終末期には何もしないというのが、オランダ人の考えだということだった。
- 「なぜ点滴や経管栄養をしないのですか?」と案内してくださった先生に聞くと、一言だけ「倫理です」と答えていただいたのが印象的だった。
- オランダは在宅医療や在宅看護が充実しており、自宅と施設で亡くなる方が大多数である。
2013年アメリカ 南カリフォルニア視察
- 様々な介護施設を見て回った。案内してくれた方が、「手袋がボロボロになったら手を守れないように、体がボロボロになったら魂を守れない。嬉しいこと、悲しいことが分からなくなって、生きていても仕方がない」ということを言っており、家族もそのように考えているということであった。
- 驚いたことは、この施設では入居者に対して食事介助はしないということだった。つまり、スプーンは持たせるけれども、あとは入居者が行う。
欧米豪には寝たきり老人がいない
- 欧米豪で寝たきり老人がなぜいないかというと、延命されないからだと言える。日本のように経管栄養をして、手厚い看護をするということはない。寝たきりになる前に亡くなっている。
- 終末期に、口から「食べるだけ、飲めるだけ」にしていくと、眠るように亡くなる。
- このような自然な経過にしておくと、飢餓状態になるのではと言われるが、飢餓というはお腹が空いて食べたい時に食べれなくて死んでいくことである。高齢者の終末期の場合には、本人が食べたくないと思っている。「食べるだけ、飲めるだけ」の経過をたどって最終的に食べなくなった時は、決して飢餓ではないと考える。
欧米豪で終末期に人工栄養を行わない理由
- 一番は、「本人の意思の尊重」である。
- その次は「倫理」である。オーストラリアの政府発行のガイドラインでもそうだが、積極的介入、つまり経管栄養や点滴等は非倫理的であるとしている。スウェーデンでも、老人にそのようなことをやるのは虐待ではないかと言われた。延命というのは尊厳を損なうと考えるようになった。
- また、避けて通れないのは医療費の問題である。終末期医療を考える際には医療費の抑制という考えも、もちろんベースにある。